この文章は、1988年に初来日してNHKホールで演奏したイギリスのオルガニスト、サイモン・プレストンの コンサートのプログラムに掲載したものです。(そのおりの初稿をもとに、若干手を入れてあります。)


イギリス人とオルガン



--- 英国オルガニストのスタイル ---

 ロンドンで1927年に「完璧なコンサート・オルガニスト(イギリス及びアメリカの)」というタイトルで、オルガン演奏家のためのマニュアルが出版された。大判の400 頁を超える書物で、レパートリー、レジストレーション、演奏家の一覧、往年の名演奏家、楽器、コンソールの仕様などについて、詳しく解説、検討されている。当時の英国のオルガンコンサートが、いかに盛んで充実したものであったかを、想い知ることができる。そんな伝統を持つ国だけあって今でも、イギリスのオルガニストはコンサートがどうあるべきかということをよくわきまえている。常に聴衆を奏者の音楽の世界にひき入れようと努めている姿勢がうかがえ、後味がよい。コンサートが終わってから、またこの人の音楽を聴いてみたいなと思ってしまう。それは、イギリス人の演奏に対する哲学の根本に、常に人間、つまり演奏者にとっては作曲家と聴衆の両方、が存在するからだろう。

 さて今回来日するサイモン・プレストンは、指揮者としての活躍を別にすると、今まではロイプケやリストといったロマン派もののオルガン演奏で知られていた。それが恐らく彼の本領だろうが、一昨年、バード、トムキンス、ギボンズ、パーセル... と、イギリスの古典ばかりを収めた録音がリリースされ、そこでは曲によって2台のオルガンを使い分けたり、当時の運指法でごく自然に弾いてのけるなど、驚くほどの幅広さを見せている。このようにイギリスのオルガニストは、一般にレパートリーに気を配り、プログラムの構成にもセンスの良さが感じられる。やはり、オルガンコンサートの伝統があるからだと思う。

 彼らの演奏にはまた、ダンディズムが感じられると言ってよいだろう。身だしなみ、身のこなしもそうだけれど、演奏に対する姿勢が、である。エレガントであることが重視され、突進や暴走するような粗野な演奏はまずあり得ない。細部にいたるまで神経が行き届いている。だからちょっととりすましているように見えるけれど、気どっているわけでは決してない。彼らにとってそれが最も自然な形なのだ。

 一般に、フランス人は感覚に訴える一方で理論的、ドイツ人は技術に凝り完全主義でそのための理屈がつきまとう、といった傾向が演奏の世界でも見られる。イギリス人はひとことでは言い表わしにくいけれど、どうやら、精神的な自由さと規律に縛られた現実との二つの世界の間を行き来するのを楽しんでいるように思われる。演奏家の個性もその辺の移り動き方に表れるようだ。

 このように精神が、抑制された現実と自由放縦な空想の間を揺れ動くという状態は、実はロマンティシズムの本質だと思う。だから私の経験では、リストやロイプケといった19世紀の最もロマン主義的な作品の演奏にかけては、イギリスのオルガニストの右に出る者はいない。

 ついでに私の専門であるオルガン製作におけるロマンティシズムに触れておくならば、近ごろよく話題になる、フランスのロマン派時代の製作家、カヴァイエ=コルの楽器は非常に感覚的ではあるけれど、ロマン主義の音楽には実は不向きだと思う。第一、フランスでは真にロマン主義的な音楽は生み出されなかったのではないか。ロマンティシズムのオルガン製作においても本当はイギリスが傑出していたのである。島国だから日本と同様、自国の文化を過小評価し海外への紹介には不熱心だったため、この事実が殆ど知られていないに過ぎない。


--- イギリスのオルガン界の事情 ---

 私たち日本のオルガン関係者、つまりオルガニストやオルガン製作家の大半は、独、仏、オランダ等ヨーロッパの「大陸」諸国で学んだ経験を持つ者、あるいは何らかのつながりを持つ者が殆どである。大陸から見るとイギリスは、僅か 30q 余りのドーヴァー海峡を隔てただけなのに、文化的には何と遠く感ぜられることか。オルガンの世界でも、イギリス人自身が自国の文化を積極的に紹介しなかったので、大陸との間で情報の極端な輸入超過が起こっている。元来イギリスは、政治経済的背景と英語という言語とを基盤に、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドなどとのつながりが深い。そんなわけで、日本でオルガンの世界に身を置く者もまた、イギリスのオルガン界の事情には疎く、無関心であった。

 かく申す私自身、未だにイギリスのオルガン文化についての十分な知識を持ち合わせているわけではない。初めてイギリスの地を踏んでからまだ3年を経ていない。けれどもイギリス人こそは、世界で最もオルガンという楽器を身近に感じている国民だということが判ってきて、急にこの国の文化全体に対して愛着を覚えるようになった。

 19世紀になっても、ドイツ、フランスではオルガンという楽器が教会内に留まり、また音楽家の多くも教会とは無関係に活躍するようになった。ところが、イギリスでは、第一線の作曲家や指揮者など音楽家になる者の多くが教会でその基礎教育を受けるという伝統が今日に至るまで続いている。だから、一般の音楽とオルガン音楽とが他のヨーロッパ諸国ほどには分離していない。

 また、イギリスでは19世紀後半から経済的発展を背景に各地のタウンホール(公会堂)に多くのオルガンが設置され、教会外でのオルガンコンサートが ひんぱんに 行われた。ウィリス、ヒル、を始めとするオルガン製作家が競ってヴァラエティに富んだ優れた楽器を造り、オルガン製作の分野に、バロック時代以降初めて活気をもたらした。これは、オルガン製作史上、第二の黄金時代と呼べるもので、大恐慌の頃まで続いたのである。


--- もうひとりのオルガニスト...ヒース元首相 ---

 イギリスでは大教会を除くと、教会のオルガニストという地位は名誉職に近いようだ。 それだけにオルガニストの存在は身近なものだとも言える。そのきわだった例が、1970年から3年間首相を努めた、エドワード・ヒースの場合だろう。彼がもともとれっきとしたオルガニストだということは、その著書、『音楽 − 人生の喜び』(別宮貞徳訳・日貿出版社)に明らかである。日本の大学オーケストラ等との交流もあり、彼が指揮をすることはわが国でもよく知られている。けれどもこの本を読むならば、彼が音楽全般に、つまりクラシックは勿論、良いと思うものなら30年代のイギリスのダンス・バンドから、アメリカのジャズ全般に至るまでと、非常に幅広く通じていることがわかって驚かされる。

 9歳でピアノを始めたエドワード・ヒースは、自然のなりゆきで教会の聖歌隊員になり、そしてまたオルガンの勉強も始めたのである。彼は、オックスフォードのベイリオル・カレッジでオルガン奨学生の試験を受けたが、その時の合格を知らせるメモを紙入れに入れて長い間肌身離さず持ち歩いていたという。余程嬉しかったのだろう。ここで彼は、晩年のブラームスとも親交のあったアーネスト・ウォーカー博士の薫陶を受ける。こうして、法曹界に入るための学業と平行して本格的に音楽を学び、大学での様々な音楽活動に参加した。毎朝の礼拝でオルガンを演奏し、自分が組織した大学合唱団を指揮し、しばしば、大学の演劇協会の巡業公演のための作曲や編曲まで手掛けたという。


--- 「耳利き」が育てた音楽市場 ---

 美術品の取引では、サザビーズ、クリスティーズ といった美術商に代表されるようにロンドンは世界の中心地だ。政治的、歴史的な背景もあるけれど、そもそもイギリス人は美術一般の理解鑑賞に関心を持っているのだと思う。音楽に目を転じると、美術品に劣らずイギリス人の音楽の「浪費ぶり」はすさまじい。ドイツ人だがイギリスに帰化したヘンデル以来、イギリスの上流階級は、大陸の、主にドイツの音楽家のパトロンであり続けた。モーツァルトもイギリスから援助を受けたことがあるし、ベートーヴェンの第九は本来ならばロンドンで初演されるはずだった。19世紀に音楽好きのヴィクトリア女王が即位すると、ますます音楽が、それもありとあらゆる種類の音楽が巷に響きわたった。

 だからこの国では、首相にいたるまであらゆる人間が音楽に熱心となり得る。イギリスはドイツやフランスに比べると音楽史の流れを変えるような大作曲家は生み出さなかった。にもかかわらず、クラシック音楽の「演奏」の世界的中心地は今やロンドンなのだ。優れたオーケストラを数多く擁しているという点でもロンドンは随一。そればかりか、もともとアメリカで生まれたジャズやロックでさえ、現在では最も優れたミュージシャンはイギリスから出る程だ。

 数十年前、デュプレのようなフランスの大オルガニストの活動にとって、ロンドンは最重要の根拠地だったし、今日でもロンドンがオルガン音楽の世界的中心地だと言って少しも差し支えない。評論家も音楽愛好家も、この都市の人たちは世界で最も耳が肥えているのだから。今日のオルガン音楽は、過去に中心的な役割を果たしてきたドイツ、フランスでは、どうやら行きづまっている。特にフランスでは、オルガンが教会にしかないのに教会内でのコンサートが制限されるような動きもあり、オルガン音楽の危機がささやかれている。西ドイツではロンドンに匹敵する音楽人口をもつ大都会がないことや、そのために聴衆の耳が肥えていないのかもしれない。そんな事情もあって、オルガン音楽の舞台は次第に周辺地域へと移りつつある。

 主としてアメリカ、カナダ、オーストラリアなど英語圏のオルガニストやオルガン関係者が10年に一度会する国際会議、International Congress of Organists が昨年夏、ケンブリッジで開かれた。これは半ばフェスティヴァルの性格を持つもので、多くの様々な演奏、講演、シンポジウムが行われた。圧巻はソ連の作曲家、ヤンチェンコによるオルガン演奏(後半は自作曲で固めた。ソ連人がイギリスで行う初めてのオルガン・コンサートだということで、BBC放送が録音しに来ていた)、そして、英国ではすでによく知られているチェコスロヴァキアの作曲家エーベンによる、即興演奏の講義とピアノによる実演だった。主催者の意図は、単なるソ連とチェコスロヴァキアの音楽家の紹介では勿論なかった。ヨーロッパ大陸では生きたオルガン音楽の創作活動が、独仏からもっと東へ移動したということを、観察力の鋭いイギリスのオルガン関係者たちは暗に示したかったのだろう。このようなことをイギリスで体験できたのも、この国の人たちが音楽の理解鑑賞に情熱的だからに他ならない。

 私たちは今後この国で何が起こるのか、ますます注目しなければならない。



First uploaded 1999- 1-17. Copyright 1988, 1999 by T. Ohbayashi.